あたりまえが難しい時代の子どもたち&親たち

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―土谷先生が「子どもの発達」という研究テーマに取り組まれた経緯を教えてください

25年前のことです。大学院修了後、横浜にある日立家庭教育研究所に入り、親と子の発達相談と保育者からの保育相談に関わるようになりました。ちょうど2人目の子どもが生まれたばかり。当時はまだ0歳児を預けて働くのは大変で、勇気のいる時代でしたが、上司が「この仕事は、子どもを持つ同世代の人じゃないと保護者の気持がわからないから」と言ってくれました。

家庭教育研究所では、週1回就園前のお子さんに複数の保育者でグループ保育を行い、子どもの姿をみながら親御さんの相談にのるのです。また親自身が子どもの発達のプロセスを学んでいくことで育児の自信をもつことができるので親の学習プログラムを作ったりしました。民間の研究所として、「机上の研究だけではダメ!実践に返せる研究に」と常に言われました。

お母さんたちが真剣に勉強したり、一緒に考えたり、本音で関わってくれた経験が研究者としての自分を鍛えてくれました。「保護者・保育者とパートナーシップをとる」ということは、私にとってはとても自然で普通なことなのです。また、私より先輩のお母さんから子育ての方法論もいっぱいもらって・・自分の子育ても一緒に支えてもらった気がします。家庭教育研究所には17年半いて、その後大学に移りました。25年経ちましたけど、「子どもの発達」というのは私の永遠のテーマですね。

―では、長いスパンでたくさんの親子関係を見続けていらっしゃる中で、今、「子育て」で変わってきていることはどんなことでしょうか?

そうですね、色々ありますが、一つは「子どもがあたりまえに育たなくなった」ということです。
昔だったら、ある程度の関わりをすれば、ほっておいても言葉をしゃべったりとか、つまずかないように歩いたりとか、お友達を好きになって、パパママに反抗もするけど大好き!というごくあたり前の発達の道筋をたどったものでしたが、あたりまえじゃないケースが増えてきています。

子どもが子どもを怖がるとか、風や雨の音、たき火をものすごく怖がるとか、3歳児なのに1歳児並みの筋肉しかないとか、人みしりが激しすぎるとか・・。それで「この子発達障害なのでは?」と相談をうけるのですが、よくよく聞いていくと、雨の日に外を歩いたことが一度もないとか、近所づきあいがなくて家の中にいることが多いとか、高層マンションのためIHヒーターしか見ていないとか、車移動ばかりで電車にのったことがないとか、現代の生活環境がもたらす、子どもの育ちへの心配があります。

もうひとつ、気になることですが、90年代後半くらいからでしょうか、「お母さんがすぐ泣く」ようになったという変化です。怒られたから泣くのではなく、自分の子どもが誉められているのに泣くのです。以前は、誉められたら「そうでしょう!」とか親ばかになっていました。

―それはうれし涙なのでしょうか?

複雑な涙~うれし涙といえばうれし涙なのかもしれませんが、もっとこう・・子育てしていることに張りつめていて、その緊張がとけてどっと涙になるような感じでしょうか。挫折を体験してないからという方もいますが、色々見ていくうちに、私はその人個人の問題ではない気がしています。今の母親は働く者としてのキャリアを積んできた世代です。でも子育ては、一般の職業とは違います。大変な労働であるに関わらず、すごくあいまいだったり、努力してもうまくいかなかったり、がんばっても誰も誉めてくれなかったりする。そんな達成感のなさから容量オーバーギリギリの張りつめた状態になっている気がします。

子どもを誉められてもすぐえっへん!となれず、親としての手ごたえなど感じないまま2年も3年も過ぎてしまったという方が増えてきたように思います。他にも子どもを泣かせることに耐えられず、四六時中抱っこしてしまう人も多いですよね。今虐待の議論が盛んなので、一生懸命やりすぎちゃうというか、適当さやアバウトさがどんどん育児から消えていっている。極端に走ってしまう怖さみたいなものを感じます。昔のように隣近所で支えあうことが失われ、なんでも夫婦で解決せねばならぬという時代ですから、お母さんの負担も大きい。子育て支援拠点や広場をつくるだけでは解決しない、難しい問題だと思います。

「メディアと乳幼児の関わり方」に続く>>

———————–プロフィール———————————————————
土谷みち子(つちや みちこ)
関東学院大学 人間環境学部 人間発達学科教授
日本女子大学大学院 文学研究科教育学専攻修士課程修了
1986年~ 日立家庭教育研究所 勤務
2004年~ 東横学園女子短期大学保育学科助教授・教授
2007年より現職
平成20・21年期神奈川県青少年問題協議会委員、現在横浜市地域子育て支援拠点(戸塚区・金沢区・神奈川区)スーパーバイザー、他を歴任。
著書は「父子手帳PARTⅡ.乳幼児編」1999(共著)大月書店、「『気になる』からはじめる臨床保育」-保育学からの親子支援」2005(共編著)フレーベル館、「『あたりまえ』が難しい時代の子育て支援」2007(共著)フレーベル館 「家庭支援論」2010(単著)青鞜社など。
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