HAPPYなお産へのこだわり

早乙女智子さん

―早乙女先生は、忙しい勤務の合間に講演や執筆、良いお産を考えるイベントの実行委員など精力的に活動され、また扱うテーマも避妊や不妊、若者への性に関する啓発から女性の産む権利や人口問題まで多岐にわたっています。そんな「熱き産婦人科医」である先生の原動力というか、活動の根底にあるものをお聞かせください。

私は妹と二人姉妹なのですが、もう一人死産だった妹がいて、子どもの頃から漠然と「生まれなかった妹の分まで何かしなければ」と思っていたことがひとつ根底にあります。また、もう一つは、「女なんだから、女らしくしなさい」と言われる一方で「男に負けるな」とも言われながら育ったことですね。二律背反的な価値観の中で、「じゃあ女って何なのだろう?」という疑問をずっと抱いていました。
仏教の女人血盆経(にょにんけつぼんきょう)ではないですが、女性というのは生まれながらに苦しむものであるとか、不浄であるとか言われ、生理があるのも大変だし、出産も苦しいし、つらいし・・なんでこんなに損で大変で、でも頑張らなくちゃいけなくて、絶対に男なんかに負けたくなくって・・・みたいな呪縛がありました。そんな「大変な存在である女性を同性として手伝いたい」というところからスタートしているのです。

でも医師として多くのお産を手掛けるうちに、特に前にいたふれあい横浜ホスピタルで自然で楽しいお産に数多く立ち会ううちに、意識が変わりました。
人がセックスをする、そして女性が妊娠したら男の子が生まれ、男性が妊娠したら女の子が生まれる。そんな風になぜ神様はしなかったのでしょうか。とてもアンバランスですよね?
リプロダクション(生殖)に関してはほとんど女性が引き受けていて、男性の役割はすごく小さい。逆にいえば、女性は仕事も子を産むことも両方選ぶことができるし、産まないという選択もできる・・実は女性って豊かで面白いのだなあと思うようになりました。
自然なお産というのはみんなが思っているよりずっと楽で、セクシュアルな体験でもあるのです。大事なライフイベントであるお産を女性が安心して楽しめるようにするにはどうしたらいいのか、今は懸命に考えています。

―先生のめざす良いお産とはどういうものなのでしょうか?

最近火がつき始めて、これから急速に変わる兆しが見えてきているのが会陰切開(えいんせっかい)のことです。私は前から会陰切開が少子化の原因の一つだと言い続けてきました。「切るなんてとっても考えられない、痛くて怖くてそれだったら産まない」という若い女性が結構いるのです。だからなるべく会陰切開しないお産というのをめざしています。
人間の体って最初から切らなければいけない部分なんてないのです。本当の安産って、静かに静かに陣痛が進んで、子宮口、膣と開いていって、赤ちゃんが波間に見え隠れしてるなーと思っていたら、ツルーンとでて、そのあと胎盤がヒョローンと出て、血がチョロっと出て、はい、おしまい。何事もなかったように戻るんですよ。会陰というものはもともとそういう構造なのです。それを分娩台にのっけてしばりつけて不自然な格好でいきませたりするからお産がこじれる。で、裂けてしまうくらいなら、あらかじめ切って縫った方が痛みは少ないでしょうという話になってしまう。
でも帝王切開や会陰切開の痛みというのは、自然分娩の痛みとは全く異質なのです。陣痛の痛みにはエンドルフィンという脳内麻薬が効きますから、うまく波にのれると快感に変わることがありますが、切った痛みにはそれは効きませんから、激痛なんです。しかも終わってもすぐおさまらない。

だから、本当にいいお産というのはどういうものなのか、産む女性も医師も助産師も、本気でもっと考える必要があると思っています。
今、産科医不足でただでさえ産む場所がないのに、「会陰切開したくないなんてとても言いだせない」と妊婦さんは思うかもしれない。医師も激務で疲れきっているのに「一人ひとりに丁寧に向き合っていられない、安全に産んでもらうことが自分たちの第一義だ」と思うかもしれない。でも、そこが変わらない限り、楽しいお産、楽しい子育てもない。
「赤ちゃんがかわいいから子育てって楽しい」なんて単純なものではなく、自分が望んで産む、自分らしく産む、そして子どもとどういう関係を築く、それをパパがどうやって守るかということまでやって初めて、地域も含めて子育てというところにつながってくるのだから、お産の場を良くすることが、日本を良くする第一歩だと思っています。
私は産科医として、「安全」と「快適」の両方を追求したい。お産が実は快適なもので、家族の絆が深まる大切な体験だとわかれば、産むのが怖くなくなり、楽しみになるでしょうから。

「子どもがくれた大切なもの」へ続く>>

———————–プロフィール——————————————————————-
早乙女智子(さおとめ ともこ)
日本産婦人科学会認定 産婦人科専門医
1961年生まれ
1986年筑波大学医学専門学群卒業。
国立国際医療センター、東京都職員共済組合青山病院、ふれあい横浜ホスピタル勤務などを経て、2006年より神奈川県立汐見台病院産婦人科勤務。
「性と健康を考える女性専門家の会」副会長、日本性科学会認定セックスセラピスト。
自身は5度の妊娠のうち流産や子宮外妊娠を経て2人の子を出産。
著書は、『LOVE・ラブ・えっち』(保健同人社)、『13歳からの「恋とからだ」ノート』(新講社)など多数。『現代用語の基礎知識』(自由国民社)「性」の項目も担当。
———————————————————————————————————-